司法書士試験は独学で受かるのか?(予備校を使う真の理由①)


導入と前提

今回の記事はこちらの続編になります

前稿でこう述べております。

過激かつ不快に思う読者もいるかもしれないため、これは別稿にしようかと思います。

その別稿がこの記事であり、独学と予備校についてさらに突っ込んだ考察をしてみます。

長くなりそうなので2回に分けることにしました。

2回とも予備校有利、独学不利、になるお話です。

今回の記事は、通学の場合を想定したものです。通信教育の場合は意味が無いと考えられます。

もっとも私は全く通学していないため、独学と比較しての断定はできないかもしれません。そこで、本記事は、あくまで私の憶測を含めた、考察や意見に過ぎないことをお断りしておきます。

参考

司法書士試験は独学で受かるのか?

周りを蹴落としてください

相対評価の意味

どう綺麗事を言おうと、司法書士試験は相対評価です。競争試験です。

周りより優位に立たなければ合格できません。

周りを蹴落とさなければ合格できません。

誰かが合格すると、貴方が合格できる可能性が下がります。

「一緒に合格しようね。」

「あなたの合格をお祈りします。」

そんな唾棄(だき)すべき戯言(ざれごと)はやめてください。

「あなたの合格をお祈りします。」は、合格者か受験生以外の傍観者にしか言う資格が無い言葉です。

受験生だった頃、同じ受験生にそんな言葉を言われたら「ふざけるな!どこまでこの俺を侮辱するんだ!」と言い返したと思います。(「お前なんて競争相手として眼中に無い。」と言われているも同然です。)

司法書士試験とは、人生を掛けた博打であり、誰かを助ける余裕なんて誰にもないはずです。ただし、相手が貴方の生涯の伴侶となるような人物であれば別ですが…それは唯一の例外だと思います。

もし、罪悪感を感じるようであればこう考えてください。

他人を蹴落とした罪は、司法書士試験に合格し、自己の理想を達成することで贖う。自己の理想はそれほどまでに尊い。

※「唾棄(だき)すべき戯言(ざれごと)」も受験後~合格発表前に合格レベルにある人達同士で言い合うのは良いと思います。(私は言いませんでしたが、そういう発言を見ても不快には感じません。)特に「XXXXさんが合格してないなら、俺、絶対無理だよ。」と言う意味で、他人の合格を祈るのは構わないと思います。場面を問わず絶対禁忌というような硬直的な考えはしておりません。

※念のためですが、これが司法書士試験ではなく、社会人の仕事となれば事情が異なります。仕事には Win-Win 関係があります。しかし、相対評価試験には Win-Win 関係が有り得ないのです。

独学の悩みと通学の強み

通学の有利な点は蹴落とすべき相手が具体的に見えることです。

逆に、独学の不利な点は蹴落とすべき相手が具体的に見えないことです。

私は独学でしたから、試験当日までずっと蹴落とすべき相手を具体的に見ることが出来ず、それを見ることを渇望していました。そうして、初めて蹴落とすべき連中を見たのは試験当日です。試験会場にゾロゾロと入る人混みの中、それを見て何だか安心したのを覚えています。

蹴落とすことと呪うことは違います

蹴落とすというのは、努力して自分が周りより優位に立つことだと私は考えます。

これに対して呪うというのは、自分に割り当てられた時間等のリソースを浪費して、他人の足を引っ張ることだと考えます。

例えば、掲示板で、これから司法書士試験に挑戦しようという方に、「司法書士に成っても食えない。」等のひがみ言葉を言うことがこれに該当します。

足を引っ張られた(呪われた)相手は不合格に成るかもしれませんが、貴方も不合格に成るでしょう。

他人を呪っている間に、蹴落とすべき相手が自分よりも優位に立ってしまい、いつの間にか、あなたが蹴落とされる側になってしまいます。

改めて独学の悩みと通学の強み

独学の場合、「自分の勉強方法は果たして正しいのか?」「自分は上位 3% 以上にいるのか?」ということを不安に感じ、悩んでしまうことがあります。私もそうでした。そうすると勉強が手に付かなくなることがあり、不必要に時間を浪費します。

通学の場合は、自分の学習状況が、周りより優れているのか劣っているのかを他人と比較することに依り、自信を持つことが出来ると思います。そうなれば不必要な悩みはなくなります。

司法書士試験は、試験当日の自信が重要です。こちらで説明しておりますが、これは模試を受けるべき根拠とされることもあります。

通学すれば、答練や模試と違い、早い段階から自信を付けることが出来ると思います。

ああいう人間にはなりたくない!

通学すると、モラルの低い受講生や、意識の低い受講生に会う機会があるため、悪影響を受けるということが指摘されます。

私は、通学したことが無いのではっきりとは申し上げられませんが、そうした事態を目にしたなら、次のように解釈するでしょう。

「ああいう人間にはなりたくない!」
「不合格になったら、自分もああいう人間と同じになる。それだけは嫌だ!」

そういう風に考えることが出来れば、モラルの低い受講生や、意識の低い受講生がいてもマイナスにはならないと思います。

余談:人を見下す勇気

私は自己中心的なナルシストであり、人を見下すことが好きな人間です。そうしていると、或る方から「人を見下すと、その分、貴方も見下される。」と指摘されました。

それなら、猶更のこと人を見下すべきだと私は思いました。

不合格者を見下せば見下すほど、不合格になったとき自分も見下されることになります。私は、人を見下すことで自ら退路を断ちました。

見下していることを口に出すかどうかは別として、こういう視点に立つなら、人を見下すことは良いことだと思います。

最後に

かなり滅茶苦茶な考えに思われた方もいるかもしれません。合格者全部がこういう思考の持ち主だとまでは言いません。このような思考を、受験生に求めるわけでもありません。

しかし、少なくとも言えるのは、貴方の思考がどうであろうと、これから貴方が勝負する相手にはこういう思考の持ち主がたくさんいるということです。


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